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はじめに(職場のハラスメントでうつ病などの精神疾患となった時の労災認定と対処法)
職場での上司からの執拗な叱責、同僚からの無視や仲間外し、性的な言動による嫌がらせ。こうしたハラスメントが原因で心身の不調を来し、うつ病や適応障害などの精神疾患を発症してしまうケースが後を絶ちません。
「毎日会社に行くのが辛い」「眠れない日が続いている」「仕事のことを考えると動悸がする」といった症状に悩まされながらも、多くの方が「これくらいは我慢しなければ」「自分が弱いからだ」と一人で抱え込んでしまいがちです。
しかし、職場でのハラスメントが原因で精神疾患を発症した場合、それは決してあなたの責任ではありません。適切な手続きを踏めば、労災認定を受けて治療費や休業補償を受け取ることができる可能性があります。
今回の記事では、職場のハラスメントが原因で精神疾患になった場合の労災認定の条件、具体的な手続きの流れ、そして労災保険給付以外に請求できる損害賠償について、詳しく解説していきます。ハラスメント被害で苦しんでいる方、そしてそのご家族の方にとって、問題解決への道筋を見つけるお役に立てれば幸いです。
第1章 職場のハラスメントとは何か
労災認定を受けるためには、まず「職場で起きたハラスメント」が法的にどのように定義されているかを理解することが重要です。ここでは、パワーハラスメントとセクシュアルハラスメントの定義について詳しく説明していきます。
パワーハラスメントの定義と具体例
厚生労働省は、職場におけるパワーハラスメントを次の3つの要件をすべて満たすものと定義しています。
①職場において行われる優越的な関係を背景とした言動
上司と部下の関係だけでなく、先輩と後輩、正社員と非正規社員、経験者と新人といった関係も含まれます。また、同僚同士であっても、専門知識や人間関係において優越的な立場にある場合は該当します。
②業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動
業務の指導や指示の範囲を明らかに超えた行為を指します。ここがパワハラかどうかの重要な判断基準となります。
③労働者の就業環境が害されるもの
その言動により、労働者が能力を発揮する上で重大な悪影響が生じることを意味します。
パワハラの6つの類型
厚生労働省は、パワハラを以下の6つの類型に分類しています。
身体的な攻撃:暴行や傷害行為
精神的な攻撃:脅迫、名誉毀損、侮辱、ひどい暴言
人間関係からの切り離し:隔離、仲間外し、無視
過大な要求:業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強要
過小な要求:能力や経験をかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと
個の侵害:私的なことに過度に立ち入ること
なお、客観的にみて業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、パワーハラスメントには該当しません。
セクシュアルハラスメントの定義と分類
厚生労働省では、職場において行われる労働者の意に反する性的な言動に対する労働者の対応により、その労働者が労働条件について不利益を受けたり、性的な言動により就業環境が害されることを、職場におけるセクシュアルハラスメントと定義しています。
性的な言動の具体例
性的な発言:性的な事実関係を尋ねること、性的な内容の情報を流布すること、性的な冗談やからかい、食事やデートへの執拗な誘い、個人的な性的体験談を話すことなど
性的な行動:性的な関係を強要すること、必要なく身体へ接触すること、わいせつ図画を配布・掲示すること、強制わいせつ行為など
セクハラの2つの分類
セクシュアルハラスメントは、次の2つに分類されます。
対価型セクシュアルハラスメント
労働者の意に反する性的な言動に対する労働者の対応により、その労働者が解雇、降格、減給、労働契約の更新拒否、昇進・昇格の対象からの除外、客観的に見て不利益な配置転換などの不利益を受けることです。
環境型セクシュアルハラスメント
労働者の意に反する性的な言動により労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じるなど、その労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることです。
「職場」と「労働者」の範囲
労災認定において重要なのは、「職場」と「労働者」の範囲です。
職場の範囲
事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所を指し、通常就業している場所以外であっても、業務を遂行する場所は「職場」に含まれます。出張先や取引先での業務、会社の懇親会なども含まれる場合があります。
労働者の範囲
正規雇用労働者のみならず、パートタイム労働者、契約社員などの非正規雇用労働者を含む、事業主が雇用する労働者のすべてが対象となります。
また、セクシュアルハラスメントについては、事業主、上司、同僚に限らず、取引先、顧客、患者なども行為者になり得るものであり、男性も女性も加害者にも被害者にもなり得ます。同性に対するものも含まれ、被害を受ける者の性的指向や性自認に関わらず、性的な言動であればセクシュアルハラスメントに該当します。
第2章 ハラスメントが原因の精神疾患で労災認定を受ける条件
ハラスメントを受けた結果、うつ病や適応障害などの精神疾患を発症した場合、労災認定を受けるためには一定の条件を満たす必要があります。精神疾患は仕事だけでなく私生活上の様々な要因でも発病するため、その発症が仕事による強いストレスによるものと判断できる場合に限定して労災認定がなされます。
厚生労働省は、精神疾患が業務によるものかどうかを判断するための労災認定要件として、次の3つの要件を定めています。
①認定基準の対象となる精神障害を発病していること
②業務による強い心理的負荷が認められること
③業務以外の要因による発病ではないこと
※精神疾患の労災認定を受ける条件については詳しくはこちら:うつ病など精神疾患の方へ(労災申請の条件と申請手続)
第3章 労災認定を受けるための具体的な手続きと注意点
ハラスメントが原因で精神疾患を発症した場合、適切な手続きを踏むことで労災認定を受けることができます。しかし、精神疾患は目に見えない被害であるため、しっかりとした準備と証拠収集が重要になります。
労災申請の基本的な流れ
労災申請は、労働基準監督署に対して行います。会社が協力的であれば、会社を通じて手続きを進めることができますが、会社が非協力的な場合でも労働者自身で申請することが可能です。
必要な書類の準備
精神疾患による労災申請では、「精神障害による労災認定申請書」を提出します。この申請書には、発病の経過、業務による心理的負荷となった出来事、治療の状況などを詳細に記載する必要があります。
また、医師の診断書や意見書、治療経過を示す診療録の写しなども重要な書類となります。主治医には、発病時期や症状の程度、業務との関連性について詳しく記載してもらうことが大切です。
労働基準監督署による調査
申請後、労働基準監督署は申請内容について詳細な調査を行います。申請者本人への聞き取り調査はもちろん、会社の関係者や同僚への聞き取り、会社が保管している資料の確認なども行われます。
この調査過程で、ハラスメントの事実関係や業務による心理的負荷の程度が詳しく検討されます。そのため、事前にしっかりとした証拠を準備しておくことが認定を受けるためのポイントとなります。
証拠収集の重要性
精神疾患の労災認定では、ハラスメントの事実とそれによる心理的負荷を客観的に証明することが重要です。証拠が不十分だと、認定を受けることが困難になってしまいます。
収集すべき証拠の種類
ハラスメントの証拠として収集すべきものには、以下のようなものがあります。
音声や動画の記録があれば最も有力な証拠となります。スマートフォンの録音機能などを使って、パワハラの場面を記録できれば理想的です。ただし、録音には相手の同意が必要な場合もあるため、法的な注意点については弁護士に相談することをお勧めします。
メールやLINE、社内システムでのやり取りも重要な証拠となります。侮辱的な言葉や過度な業務指示、不当な扱いを示すメッセージは必ず保存しておきましょう。
日記やメモも有効な証拠です。ハラスメントを受けた日時、場所、相手、具体的な言動、その時の感情などを詳細に記録しておくことで、被害の実態を示すことができます。
医療機関の診療録や診断書は、精神疾患の発症時期や症状の程度を示す重要な証拠です。初診時から継続的に通院し、症状や治療の経過を記録してもらうことが大切です。
証拠収集の注意点
証拠収集は、ハラスメントを受けている最中から意識的に行う必要があります。時間が経過すると、記憶が曖昧になったり、証拠が散逸したりする可能性があるためです。
また、会社内での証拠収集には限界があります。会社が証拠隠滅を図る可能性もあるため、個人で保管できる形で証拠を確保しておくことが重要です。
第4章 会社に対する損害賠償請求
労災認定を受けて労災保険給付を受給できることは重要ですが、それだけでは被害者の損害が完全に補償されるわけではありません。ハラスメントが原因で精神疾患を発症した場合、会社に対して別途損害賠償を請求できる可能性があります。
会社は、労働者が安全で健康に働けるよう配慮する義務(安全配慮義務)を負っています。この義務に違反してハラスメントを防止できず、労働者の健康を害した場合には、会社に対して損害賠償を請求することができます。この場合、労災保険では補償されない慰謝料や、休業損害の不足分などを請求することができます。
※使用者に対する損害賠償請求については詳しくはこちら:労災で会社への損害賠償請求をお考えの方へ
まとめ
ハラスメント被害は、多くの場合、被害者が一人で悩みを抱え込んでしまいがちです。「自分にも非があるのではないか」「これくらいは我慢すべきなのではないか」といった思いから、適切な対処を取れずに被害が深刻化してしまうケースが少なくありません。
しかし、職場でのハラスメントは決して個人の問題ではありません。会社には労働者が安全で健康に働けるよう配慮する義務があり、この義務に違反してハラスメントを放置した場合には、法的責任を負うことになります。
もしあなたが現在職場でハラスメントを受けており、心身の不調を感じているなら、以下の行動を今すぐ取ることをお勧めします。
まずは医療機関を受診し、適切な診断と治療を受けてください。精神疾患の労災認定では、発病時期の特定や症状の程度を示すために、継続的な医療記録が重要な証拠となります。
同時に、ハラスメントの証拠収集を意識的に行ってください。日時、場所、相手、具体的な言動を詳細に記録し、可能であれば音声記録やメールの保存も行いましょう。
そして、一人で悩まず、専門家に相談してください。
弁護士に相談することで、あなたのケースが労災認定の対象となるかどうかの見通しを立てることができます。また、証拠収集の方法についても具体的なアドバイスを受けることができ、認定を受けられる可能性を高めることができます。