
介護の現場で働く方々にとって、労災事故は身近な問題です。入居者の介助中の腰痛や転倒、時には暴力被害など、様々な事故や怪我のリスクと隣り合わせで働いているのが実情ではないでしょうか。
介護施設での労災事故の相談は年々増加傾向にあります。その背景には、介護需要の高まりと人手不足による労働環境の悪化があると感じています。
残念なことに、介護の現場では「仕方ない」と諦めてしまい、正当な補償を受けられないまま働き続けている方が少なくありません。また、労災申請の方法がわからない、会社から労災申請を止められているといったケースも見受けられます。
この記事では、介護施設で働く方々が知っておくべき労災に関する基礎知識と、実際に事故に遭った場合の具体的な対応方法についてお伝えします。
介護の仕事は、人々の生活を支える大切な仕事です。だからこそ、働く人々の安全と権利もしっかりと守られなければなりません。この記事が、介護施設で働く皆様の「もしも」の時の助けになれば幸いです。
介護施設で起こりやすい労災事故とその特徴
介護の現場では、様々な種類の労災事故が発生しています。それぞれの特徴について、実際の事例を交えながら詳しく見ていきましょう。
身体的な負担による事故
介護の仕事で最も多いのが、身体的な負担が原因となる事故です。入居者の入浴介助や排泄介助の際に、身体を支えたり持ち上げたりする動作が必要となります。これらの動作は、介護する側の身体に大きな負担をかけることになります。
特に多いのが介助作業中に腰に無理な力が加わることによって発生する腰痛です。
入居者からの暴力被害
近年特に問題となっているのが、入居者からの暴力被害です。認知症や精神的な問題を抱える入居者から、予期せぬ暴力を受けるケースが増えています。具体的には、殴る、蹴る、物を投げるなどの身体的な暴力に加え、罵声を浴びせられるなどの言葉による暴力も含まれます。
職員の方々は冷静な対応を求められる一方で、自身の安全も確保しなければならないという難しい状況に置かれています。
労災認定の基本的な考え方
労災保険は、業務上の事故や病気によって負傷したり疾病にかかったりした場合に、必要な保険給付を行う制度です。介護施設での事故が労災として認められるためには、「業務遂行性」と「業務起因性」という2つの要件を満たす必要があります。
「業務遂行性」とは、その事故が業務中に起きたものであるかどうかを判断する基準です。一方、「業務起因性」とは、その事故や疾病が業務に起因して発生したものであるかどうかを判断する基準となります。
入居者の介助中に発生した怪我については、業務との因果関係が明確であるため、原則として労災として認定されます。例えば、入居者を抱え上げた際の腰痛や、転倒防止のために入居者を支えようとして負った怪我などが該当します。
入居者からの暴力被害による怪我についても、業務中の出来事であり、業務に起因して発生したものとして労災認定される可能性が高いです。
労災申請(認定)の流れ
労災事故が発生した場合、労災保険給付を受けるためには労災認定の手続きを行う必要があります。労災認定の手続きは、以下の手順で進められます。
1.事業主への報告
2.医療機関へ受診・治療を受ける
3.労働基準監督署への申請
・療養補償給付たる療養の給付請求書
・事業主証明
・医師の診断書
4.労働基準監督署による調査・審査
5.労災認定・不認定の決定
はじめに、労働者はすぐ企業に報告し、医療機関で診察・治療を受けます。
その後、所轄の労働基準監督署に、所定の労災保険給付請求書を提出します。
申請には、労働者が事故の状況を詳細に記載した「療養補償給付たる療養の給付請求書」や、医師による診断書が必要です。
労働基準監督署は、労災が業務中または通勤途中に発生したかどうか、事故の原因が業務に関連しているかを調査します。
この調査には、事業主や事故現場の証言、診断書などの証拠資料が用いられます。調査の結果、労働基準監督署が支給または不支給の判断を行い、労働者に決定通知が送られます。
労災保険給付が認められた場合、厚生労働省より指定された口座に給付金が振り込まれます。
なお、労災申請には「事業主証明」の取得が必要ですが、事業主が協力しない場合でも、労働者は直接申請が可能です。
また、「労災隠し」と呼ばれる問題も存在します。これは、事業主が労災申請を妨げるような行為を指します。しかし、これは労働者の権利を侵害する違法な行為です。このような場合は、躊躇せずに労働基準監督署に相談することをお勧めします。
労災保険では十分な補償は受け取ることができない
労災保険は、労働者が業務中や通勤途中の事故で怪我をした場合に一定の補償を提供する制度ですが、全てのケースで十分な補償を得られるわけではありません。
たとえば、長期の休業が必要となった場合や、後遺障害が残った場合には、労災保険の給付金だけでは生活費や治療費を完全に賄えないことがあります。労災保険の給付額は、平均賃金の80%(うち特別支給金が20%)が支給されるため、生活費の全てをカバーするには不足する可能性があります。
また、労災保険は、精神的苦痛に対する慰謝料の補償は基本的には行いません。このため、労災事故の被害者は、労災保険に加えて会社や第三者に対して損害賠償を請求する必要が生じることがあります。
会社に損害賠償請求をするという選択肢
労災事故によって被害を受けた場合、労災保険に加えて、事業主に対して損害賠償請求を行うことができます。特に、事業主が労働契約法に基づく「安全配慮義務」を怠った場合、会社に対して責任を追及することが可能です。この場合、労災保険で賄いきれない損害(精神的苦痛に対する慰謝料など)についても、会社に請求することができます。
損害賠償請求を行う際には、事業主が具体的にどのような義務を怠ったのか、労働者がどのように被害を受けたのかを明確に証明する必要があります。
たとえば、適切な教育や安全対策の整備を怠っていた場合、これが事故原因であることを証明することで、会社に対して賠償責任を追及できます。
ただし、労災保険給付と損害賠償の二重取り防止規定があるため、その点は留意しておきましょう。
安全配慮義務とは
介護施設の使用者には、職員が安全に働ける環境を整える「安全配慮義務」があります。職員が身体の安全や健康を確保しながら働けるよう、必要な配慮を行うことが求められています。
例えば、暴力行為の可能性が高い入居者がいる場合、適切な人員配置や監視体制の整備、職員への安全教育の実施などが必要です。これらの対策を怠り、事故が発生した場合、経営者は安全配慮義務違反として損害賠償責任を問われる可能性があります。
具体的な事故防止策
使用者が講じるべき具体的な事故防止策には、以下のようなものがあります。
まず、適切な人員配置と労働時間の管理です。介護の現場では人手不足が深刻な問題となっていますが、過重労働は事故のリスクを高めます。特に夜間帯の人員配置には十分な配慮が必要です。
次に、職員への教育と訓練の実施です。入居者の状態に応じた適切な介助方法や、暴力行為への対処方法などについて、定期的な研修を行うことが重要です。また、腰痛予防のための介助技術の指導なども欠かせません。
さらに、施設・設備面での安全対策も重要です。例えば、転倒防止のための手すりの設置や、緊急時の通報システムの整備などが該当します。入居者の特性に応じた環境整備も必要でしょう。
まとめ
介護施設における労災事故について、実態から具体的な対応方法まで解説してきましたが、いかがでしたでしょうか。
当事務所では、労災事故の被害に遭われた方のご相談を数多く承ってきました。労災事故に遭われた直後は、怪我の痛みや仕事への影響、今後の生活への不安など、様々な心配事が重なることと思います。
そのような時こそ、一人で悩まず、専門家に相談することをお勧めします。
労災事故に遭われて、これからどうすればよいのかお悩みの場合は、ぜひ当事務所にご相談ください。