近年、働き方が多様化し、派遣社員として働く方が増えています。派遣社員は、派遣元会社と雇用契約を結びながら、実際の仕事は派遣先会社で行うという特殊な立場にあります。そのため、万が一、仕事中に事故に遭ってしまった場合、「労災保険は適用されるのだろうか」「誰に補償を求めればよいのだろうか」といった不安や疑問を抱く方も多いのではないでしょうか。
私は弁護士として、様々な労災事案に携わってきましたが、特に派遣社員の方の労災事故については、一般の労災事故以上に複雑な問題が絡むことを実感しています。派遣元と派遣先、二つの会社が関係する中で、どちらの会社の労災保険が適用されるのか、損害賠償請求は誰に対して行えばよいのかなど、判断に迷う点が多いのです。
そこでこの記事では、派遣社員の方が労災に遭った場合の基本的な対応について、労災保険の適用関係から損害賠償請求の可能性まで、分かりやすく解説していきたいと思います。この記事を読むことで、もし労災に遭ってしまった場合の適切な対応方法や、自分の権利を守るために必要な知識を得ることができます。
そもそも労働者派遣とは
労働者派遣における派遣元会社、派遣先会社及び派遣社員の三者間の関係は、下記の図のようになります。
すなわち、①派遣元会社と派遣社員との間に労働契約関係があり、②派遣元会社と派遣先会社との間に労働者派遣契約が締結され、派遣元会社が派遣先会社に労働者を派遣し、③派遣先会社は、派遣元会社から委ねられた指揮命令権により派遣社員を指揮命令するというものになります。

【引用・厚生労働省・労働者派遣事業に対する労働者災害補償保険の適用等について(現状)】
派遣社員も労災保険の対象となる
派遣社員は労災保険の対象になるのだろうか?
これは、派遣社員の方が不安に感じる点ですが、派遣社員の方も労災保険の対象となります。
その根拠は、労働者災害補償保険法にあります。同法では、保険給付の対象を「労働者」と定めています。そして、この「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業所に使用され、賃金を支払われる者を指します。つまり、雇用形態は関係なく、会社と雇用関係があり、賃金を得ている人であれば、派遣社員であっても労災保険の対象となるのです。
では、派遣社員の場合、派遣元会社と派遣先会社のどちらの労災保険が適用されるのでしょうか。結論から言うと、派遣元会社の労災保険が適用されます。
労働者災害補償保険法3条1項では、労災保険が適用される会社について、「労働者を使用する事業を適用事業とする」と規定しており、ここでいう「使用する」とは、労働契約関係にあることを意味すると解釈されています。
派遣社員の場合、労働契約を締結しているのは派遣元会社です。派遣先会社は実際の仕事の指揮命令は行いますが、雇用契約は結んでいません。そのため、派遣社員が労災に遭った場合は、派遣元会社の労災保険が適用されることになります。
このように、派遣社員という働き方であっても、労災保険による保護を受けることができます。ただし、実際の労災申請の手続きでは、派遣元会社と派遣先会社の両方が関わってくることになりますので、スムーズな手続きのためには両社との適切なコミュニケーションが重要となってきます。
派遣元・派遣先への損害賠償請求
労災保険による補償を受けられることは分かりましたが、実は、それだけでは十分とは言えない場合が多々あります。なぜなら、労災保険では、精神的苦痛に対する慰謝料等は支払われず、後遺障害が残った場合の補償も十分とは言えないからです。
そこで検討すべきなのが、派遣元会社や派遣先会社に対する損害賠償請求です。派遣社員の場合、二つの会社が関係するため、それぞれの会社に対してどのような請求が可能なのか、詳しく見ていきましょう。
派遣先会社への損害賠償請求
まず、派遣先会社への損害賠償請求についてです。派遣先会社と派遣社員の間には直接の労働契約関係はありませんが、派遣社員は派遣先会社の指揮命令の下で働いています。そのため、派遣先会社は、業務の実情を把握し、過度な疲労や心理的負荷が蓄積して健康を損なうことがないように注意すべきですので、安全配慮義務を負っていると考えられます。この義務に違反があった場合、派遣社員は派遣先会社に対して損害賠償を請求することができます。
派遣元会社への損害賠償請求
一方、派遣元会社は派遣社員と労働契約を結んでいますので、労働契約法5条に基づく安全配慮義務を負っています。さらに派遣先において派遣社員の安全衛生が確保されるよう配慮する責任も負っています(派遣法31条)。
具体的には、派遣社員の就労状況を常に把握し、過重な業務等が行われる恐れがある場合には、派遣先会社に是正を求めたり、必要に応じて派遣を停止したりする注意義務があります。この注意義務に違反があった場合も、派遣社員は派遣元会社に対して損害賠償を請求することができます。
損害賠償請求を検討する際は弁護士に相談すべき
このように、派遣社員の労災事故では、派遣元会社と派遣先会社の両方に対して、それぞれの立場に応じた責任を追及することが可能です。ただし、どちらの会社にどの程度の責任があるのかを判断するのは簡単ではありません。そのため、損害賠償請求を検討される場合は、労災に詳しい弁護士に相談することをお勧めします。
まとめ
ここまで、派遣社員の労災事故について詳しく見てきました。最後に重要なポイントを整理しておきましょう。
派遣社員という働き方であっても、労災保険による保護を受けることができます。その際は派遣元会社の労災保険が適用されることになりますので、労災に遭ってしまった場合は、まず派遣元会社への報告を忘れないようにしましょう。
また、労災保険による補償だけでは十分でない場合も多いため、状況に応じて派遣元会社や派遣先会社への損害賠償請求を検討する必要があります。
労災事故は、一般的な労災でも複雑な問題ですが、派遣社員の場合は派遣元と派遣先の二つの会社が関係するため、より慎重な対応が必要となります。そのため、労災に遭ってしまった場合は、一人で抱え込まず、労災に詳しい弁護士に相談することをお勧めします。
当事務所では、労災事故の被害に遭われた方のご相談を数多く承ってきました。労災事故に遭われた直後は、怪我の痛みや仕事への影響、今後の生活への不安など、様々な心配事が重なることと思います。
労災事故に遭われて、これからどうすればよいのかお悩みの場合は、ぜひ当事務所にご相談ください。